
マンボウ・キー個展『居家娛樂|Home Pleasure』
マンボウ・キー(登曼波)による個展『居家?樂|Home Pleasure』は、5月30日(金)から6月9日(月)まで、渋谷パルコ・PARCO MUSEUM TOKYOにて開催いたします。
クィアカルチャーを軸に、アートとファッションを横断する本展では、キュレーターに藪前知子氏(東京都現代美術館)を迎え、家族、ジェンダー、セクシュアリティ、クィア・アイデンティティといった個人的かつ社会的テーマを写真・映像・インスタレーションで深く掘り下げます。
■『Home Pleasure|居家娛樂』ステートメント
登曼波(Manbo Key / マンボウ・キー:1986年、台中生まれ)は、近年、様々な分野で注目の集まる気鋭のアーティストです。ファッション・フォトグラフィーの分野で早くより評価され、「Vogue Taiwan」をはじめとする雑誌や広告など多数のメディアで活躍するとともに、2019年には『父親的錄影帶 | Father’s Videotapes』で台北芸術賞グランプリを獲得、2022年には台北美術館で大規模な個展を開催するなど、現代美術の分野でも活動の幅を広げています。客家(はっか:中国南方へと移動した漢民族)の家に生まれ、「Homo Pleasure」というプラットフォームを主宰するなどクイア・カルチャーの中心的存在でもある彼は、多様なアイデンティティを持つ人たちが共に暮らす台湾社会を象徴する存在といえます。
彼の表現者としての人生は、父親の部屋で発見したビデオテープを再生した時から始まったと言えるかもしれません。「居家娯楽(Home Pleasure)」と書かれたたくさんのビデオテープには、1980年代から2000年代に至るまでの父親の性生活や旅行、家族のルーツのある中国本土への憧れを示す映像などが収められていました。マンボウはそこから、「私的利用」という制限回避のための実用語である「居家娯楽」という言葉の中に、父親が「家/性」という対立を見いだしながら、それを無効化しようとするもう一つの意味を込めていたことを読み解いていきます。明らかに誰かに見せるためにこれを編集してきた父親の視線を受け止めることで、マンボウは、自らの性的なアイデンティティも自覚しつつ、娯楽や性という個人の自由に関わる領域が、社会の中で忌避される状況にも疑問を投げかけるようになります。
同時に彼は、自分は何者なのかという問いの答えを、既存のカテゴリーに位置付けるのではなく、家族の物語の中に遡りながら見つけることへと導かれていきます。客家の文化を守りつつ日本語教育を受けた世代でもある育ての親・祖母との繋がりは、彼女から聴いた「桃太郎」の歌詞を彫ったタトゥーに象徴されるように、彼の身体に深く刻まれています。また、家父長制の枠に留まらない父親の姿と、その異端ともいえる生き方を淡々と受け入れる母親との関係も、彼にとっては、家族という社会的な単位を解体し、真に自分らしく生きることの探究の後押しをするものとなりました。さらにマンボウの視点は、父親世代のクイアなコミュニティとの対比と連続を意識しつつ、友人たちへと向けられていきます。台湾の今を生きる人々の姿が、彼独特の鮮やかな色彩感覚と洗練された構築性を持った画面の中に、生き生きと捉えられていきます。
誰しもが自分のプライベートな生を、フィクションと情報の選別を交えながら気軽にパブリックに発信できるようになったSNS時代に、マンボウの父親のビデオテープは、よりラディカルなメッセージを私たちに与えてくれるように思えます。それは、自分たちが存在したこと、そのあり方を、傷つくことを恐れずに、短い生の時間を超えて伝えたいという切実な思いです。それを次世代に繋げるマンボウ・キーの作品から、私たちは、写真や映像といったメディア、さらには芸術を人間がなぜ必要とするのかという、その根源的な理由に触れることができるはずです。
藪前 知子(キュレーター/東京都現代美術館学芸員)